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浦安ってこんな街!

【議員さんってこんな人!】真面目で情に厚くて一本気な九州男児。就職を機に住んだ浦安で、小さな声を拾い、大きな夢を描く!-一瀬健二さん

浦安市議会議員の素顔をレポートするインタビュー企画【議員さんってこんな人!】。第15回は、一期目の4年間で1000件以上の市民相談を受けたという一瀬健二(いちせけんじ)さんです。

大分県出身の、熱くて一本気な九州男児!

一瀬さんは1971年生まれ、大分県のご出身。幼少期は、山や田んぼに囲まれた緑豊かな町で育ったのだそうです。「とにかく野生児(笑)。小学校2年生まで大分で過ごして、その後埼玉県へ引っ越しました。当時電車が大好きだったんですが、引っ越した家の近くに高崎線の線路があって、寝台列車から特急・各駅停車までいろんな電車が毎日見られるので、ワクワクしていました。でも学校では、同じ日本なのに大分弁が全く通じなくて。『田舎っぺ大将!』なんて言われて、悔しくて必死に標準語を勉強したことを覚えています」。埼玉での生活にも慣れた小学校高学年になると、クラス委員をやるなど精力的に活動します。 中学校では陸上部で副部長を経験、短距離走やハードルの選手として活躍。一つのことにムキになるほど熱中する性格だったそうで、まさに九州男児!「陸上には、もう燃え尽きるくらい打ち込んでいましたね」と笑います。

写真はイメージです

高校では一転して帰宅部。勉強に打ち込み大学を目指します。「当時はいい大学出ていい会社に入って、結婚して家を建てて…それが幸せだという価値観が一般的でした。夢というと、私も漠然とそんな姿を描いていた気がします」と一瀬さん。大学では経営学部で経営を学び、証券アナリストを志します。

就職から8ヶ月、勤務先がまさかの倒産…ここで火がついた『浦安』への思い

「私が就職活動をしていたのが1996年、バブル崩壊後ちょっと持ち直したころで、まだ新卒採用はあったんです。そこで証券会社に入社、その会社の独身男子寮が浦安にあって、引っ越してきたのが浦安との出会いですね」。が、なんと新卒で入社して8か月目に、勤務先の会社が倒産。一日中鳴り続ける電話をひたすら取り、お客様のお怒りの声をメモして先輩に手渡すの繰り返し…左手と左耳が痛くなるほどだったのだそう。新卒でそんな修羅場を経験するなんて、想像したくないです…。「キツかったですね…。当時の同期は男女合わせて250人くらいいたんですが、今でもつながりは続いています。顔を合わせると『あのときはキツかったな』『でもあれがあるから今も頑張れてるよな』という話になりますね」

会社が倒産したことで、浦安の寮も出なければならなくなってしまった一瀬さん。でも、どうしても“浦安”から逃げ出したくなかったと言います。「浦安でもう一度起き上がるんだ!浦安から逃げてたまるか!という気持ち、もはや執念ですね。浦安には励ましてくれる知人が多かったし、交通の便や買い物環境などいろんな意味で整っている街。この地でやり直したい!と強く思いました」。ここでも熱い思いに火が付いた一瀬さん、浦安を拠点に転職活動を行い、IT業界へ転身します。独身時代は北栄・猫実・海楽など、市内を転々とお引越しされていたのだそう。

誰かがどん底に落ちたあと、再び起き上がれるように支援したい

市議を目指すことになったのは、サラリーマン生活17年目のこと。「所属する公明党から『市議に立候補してみないか』と声がかかりました。その時、今の仕事のやりがいや喜びについてじっくり考えたんです」。当時勤務していた会社は良い仲間に恵まれ、とてもやりがいのある仕事だったそうですが、「人の役に立つって何だろう」と自らに問い直したのだそう。「IT業界で営業をしていたのですが、営業成績が良ければ社長賞をもらったり、同じチームの仲間と喜び合ったり…でもその喜びって、社内の20名くらいと共有するだけなんです。楽しかったけれど、ちょっと虚しさも感じていて。本当の喜びとは?やりがいとは? と考えたときに、『人が一度どん底に落ちてしまったあと、再び起き上がれるように支援をすること』が、自分にとってのやりがいや喜びにつながるんじゃないかと思いました。それを市議なら実現できるかもしれない…と打診を引き受け、立候補することになったんです」。ご自身の勤める会社が倒産したときのように、落ち込んでいる誰かを後ろから支えてあげたい。目の前の誰かの力になりたい。そんな思いに火がつき、無我夢中で選挙戦を戦い抜いた一瀬さん。2015年の浦安市議会議員選挙にて、1800票を超える得票数で初当選を果たします。

小さな声から課題を拾い、大きな夢を思い描く

市議会議員として、何を一番大切にされているのか伺ってみました。「市民相談、すなわち市民との対話です。3か月に一度開催される党員会で話を聞くこともありますし、全く党とは関係のない方から電話やメールをいただくこともあります。そのご相談が個人的なことなのか制度によるものなのか、じっくり現状をお伺いして課題解決の方法を探ります。いただいたご相談がどんな些細なことでも、絶対に断らず必ずお聞きする。そこから市の抱える課題につながっていくことも多々あるんです。このスタンスはこれまでもこれからも、ずっと続けていきます。何かお困りのことがありましたら、メールでも電話でも、いつでもご連絡ください!」。文字通り“いつでも”連絡を取れる状態にしているという一瀬さん、一期目は4年間で実に1000件以上の市民相談を受けたというからすごいですよね…! 中には市にとどまらず、県や国ともかけ合わなければならない案件もありますが、小さなことでも党の仲間と連携を取り、課題の解決に向けて一歩ずつ動いていらっしゃるのだそう。

今期目下の課題は『コロナ対策』。浦安でも増加している自宅療養者の対応や、ワクチン接種の加速など、課題は山積しています。もう一つ、一瀬さんが一期目から情熱を持って取り組んでいらっしゃるのが『堀江ドック』の老朽化問題です。「桟橋が落ちていたり、係留されているボートが沈船になっていたり、ドックの周りは抜け道になっていて交通量が多く、スピードを出す車も多い。堀江ドックの今後の在り方も含めて、議論すべき時に来ていると思います。今、富士見3丁目の旧江戸川沿いの堤防と遊歩道が整備されつつありますが、私はぜひこの遊歩道を行徳可動堰までつなげたい。もっと言えば関宿(野田市。利根川と江戸川が分岐するところ)までつなげたいですね。ドック周辺は常夜灯公園(行徳)のように、売店があって一休みできるような場所に、ドックそのものは漁師町のレガシーとして見学できるように整備すれば、市民の憩いの場として多くの世代の方々に喜んでいただけるんじゃないか…と考えています」。私の夢です、とはにかんだ笑顔で話す一瀬さん。そのお話を聞きながら、そうなったらめちゃくちゃいいな…! とワクワクして妄想が止まらなくなってしまいました。ぜひ実現させてほしいです!

柔らかな物腰とは裏腹に、内に秘めた情熱を感じる…そんな議員さんです

就職を機に、浦安に移り住んで24年。「もう人生の半分を浦安で過ごしているんですね」と、一瀬さんもしみじみ。浦安の魅力について伺うと…「コンパクトにまとまっているのに多様。住んでいる方も多様で、いろんな方々とお付き合いができるのは本当に楽しいです。いろんなものを包括的に集合させ、街として成り立ってきている浦安。私は心から、浦安にハマってますね」。現在は東野にお住まいですが、独身時代には浦安魚市場(現在は閉場)に足を運んだり市内の銭湯巡りをしたり、元町の味わいも大好きだという一瀬さん。真面目で情に厚くて一本気、物腰柔らかでありながら内に秘めた情熱を感じる、そんなお人柄の議員さんです。感染状況の悪化により、オンラインでの取材対応にも快く応じてくださいました。お忙しい中インタビューのお時間をいただき、ありがとうございました!

一瀬健二さんプロフィール…1971年生まれ、大分県出身。2019年に行なわれた浦安市議会議員選挙にて1,779票を獲得。現在2期目。公明党所属。
https://www.komei.or.jp/km/ichise-kenji/Twitter

連載企画【議員さんってこんな人!】では、2019年4月の選挙で選ばれた市議会議員の方々へのインタビューを掲載します。普段の生活では接点の少ない議員さんですが、議員さんも一人の市民。その素顔、お仕事内容や浦安への想いを語っていただきます。乞うご期待!

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