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浦安は『イカ』の一大産地だった! 知るほどに奥深い『イカ網漁』の展示が、郷土博物館で開催中【6/25まで】

キレイに透き通った、プリップリのイカ! イカの産地といえば、函館・呼子・佐渡…ですが、ここ浦安も、昭和30年代前半の埋め立ての始まる前までは、イカの一大産地だったのです。今、浦安市郷土博物館では、企画展『東京湾のイカ網漁』が開催されています。郷土博物館にお邪魔して、学芸員さんにお話をお伺いしてきました!

徹底的に解明。これが浦安発祥の『イカ網漁』だ!

郷土博物館に入ると、正面にホウキが生えた固まりのような、見慣れないものが置いてあります。「これなーんだ?」とありますが…なんでしょう、さっぱりわかりません。

「これは『イカ藻』と呼ばれる漁具。ヨシの根っこの土をムシロでくるみ、ホウキグサを挿したものです。これを海に沈めておくと、このホウキの部分にイカが卵を産みにやってくるんです。そしてイカが集まってきたところを、えいっと網で一網打尽にするんですが…詳しくは上の企画展示室をご覧ください!」と学芸員の尾上さん。2階の企画展示室へ案内していただきました。

企画展示室の入口には、「日本人はイカもの食い」の記事。

「イカは主菜として食卓に上がることもあれば、サキイカやアタリメなど子どものおやつになったり、大人の酒の肴になったり…古くから日本人に親しまれてきた食材です。 いわゆる江戸前の天ぷらやお寿司に使われてきたのは、東京湾で獲れる『スミイカ(標準和名:コウイカ・シリヤケイカ)』が主流で、浦安はスミイカの一大産地だったと言われています。スミイカはスルメイカに比べて分厚くて、それこそ天ぷらが一番合うんじゃないでしょうか。築地で働いている方や天ぷら職人さんなんかも『江戸前のスミイカに敵うものはない!』と言うくらい、美味しいんですよ!」。

江戸時代半ば、享保(江戸時代、吉宗のころ)に猫実村で始まったという浦安のイカ網漁。郷土博物館では、浦安最後のイカ網漁師・岩瀬さんに何度も聞き取り調査を行い、イカ網漁がどのような漁法であったのか、わかりやすく展示をしています。
 
「調査をしてから、模型や絵にするまでにとても苦労しました。岩瀬さんに見ていただいて、風があるからこうはならないとか、こういう向きで船は操縦しないとか、チェックをしていただいて…」。細部までリアリティを追求した模型と絵、打ち合わせの時のメモも展示されています。
 
ぜひじっくりとご覧ください!

イカを獲って、卵は海に残す=ずっと続けられる漁法

「イカは冬は沖で過ごし、春になると産卵のために沿岸部に戻ってくるんですね。そして陸地に程近い沿岸部の藻場(もば=藻がたくさん生えているところ)に、卵を産みつけるんです。このイカ藻を、沖~藻場の間へ落とすと、沖からやってきたイカが藻場へ入る前にこのイカ藻に産卵をする。そこを網で獲るんですが、本物のイカ藻は、網ですくいやすいように下がベーゴマ状になっています。

またこの網の下部分・重りと、上部分・浮きのバランスも、上手く作らないと網がきれいに開かなかったり、潮の流れや風向きなどでも状況が変わるので、とても難しい、技術が必要な漁法なんです」と、学芸員の林さん。

実際にこの網をどのように入れて漁をしたのか、考えてみるとわからないことが多く、岩瀬さんと何度もやり取りを重ね、こちらの絵を書き起こしていったのだそう。


イカを獲った後、卵の産みつけられたイカ藻はそのまま海へ置いていくのだそうです。…ということは、卵は海で孵化するわけですね? 「そうなんです! 他のイカ漁の方法だと、卵を抱えたイカを獲るんですが、このイカ網漁は卵を産み終わった後のイカを獲って、卵はそのまま海に残る。この漁法、イカがよく獲れるので浦安から各地へ広まっていったのですが、イカがよく獲れる背景には卵まで獲らないということがあったのではないかと思います」。漁師さんがそこまで考えていたかどうかはわかりませんが…と、林さん。イカは1年魚で、卵を産んだ後は死んでしまうのだそう。生態系に影響の少ない漁法だったからこそ、各地に広まり、長く続いたのではないでしょうか。

イカ籠漁の台頭・イカの不漁により、イカ網漁は衰退…

前述のように、高い技術を要する『イカ網漁』。そこへ昭和10年ごろ登場したのが、より簡単にイカを獲れる『イカ籠漁』です。

「海の中に籠を入れておき、これをそのまま引き上げればよいので、そんなに難しくない。浦安以外の各地は『イカ籠漁』へとシフトしていきました。木更津では現在も行われている漁法です」。なんと学芸員の尾上さんが『イカ籠漁』の現場に潜入、ビデオを撮影してきたそうです!

6月18日には木更津の漁師さんをお招きし、こちらのビデオを上映するイベントが開催されるとのこと。14時~16時の2時間、場所は郷土博物館の視聴覚室です。無料ですが事前申込制なので、気になる方はぜひ郷土博物館までお電話ください!(郷土博物館 047-305-4300)

浦安では『イカ籠漁』は行われなかったのでしょうか?「浦安では南風が強く吹くとイカ籠が流されてしまうのです。籠は竹で作られていましたが、浦安には竹は生えていないので、よそから買っていました。お金も手間もかけて作った籠がなくなってしまうのは辛いですよね…そうなるとイカ藻はヨシの根っこの土で出来ていますし、籠ほどの手間はかからない。だから、浦安はずっとイカ網漁だったんです」。


その浦安のイカ網漁も、昭和30年代の初めごろには行われなくなります。埋め立ての少し前、イカが獲れなくなったのが原因なのだそうです。「昭和30年代は、東京湾の魚がぐっと減った時期でもあります。公害問題が表面化するのはもう少し先ですが、生活排水が流れ込んだり湾内の埋め立てが進んで藻場が減少し、イカも魚も住みづらくなってしまった…。でもその後、沖で行う底曳網漁が主流になり、イカの漁獲量は増えてきました」。今では年間100トン前後が獲れており、東京湾産のイカは高値で取引されているそうです。

このほか、国の重要有形民俗文化財に指定された漁具や、寄贈された漁具の展示も行われています。
 

浦安の紡いできた歴史の数々のひとつ・イカ網漁法。展示を細部まで眺めれば眺めるほど、先人たちの知恵と工夫に驚かされます。展示は6月25日まで、ぜひ足を運んでみてください!

埋め立てを機に、都心のベッドタウンとして豊かに発展を遂げてきた浦安。翻って、その発展の影に置いてきてしまったものの大きさにも目を見張ります。だからどうというわけではないけれど、こうして郷土博物館が先人たちの知恵と工夫を展示という形で見せてくれることで、なんだか自分も原点に帰れるような気がします。そんな博物館の存在を、頼もしく、誇らしく感じます。


浦安市郷土博物館…浦安市猫実1-2-7 047-305-4300 月曜休館
「東京湾のイカ網漁」企画展…~6/25、入場無料
※6/18 14時~16時には「現役イカ漁師(木更津牛込漁協同組合)をお招きして」という講座が視聴覚室にて開催されます。無料、事前申込制。

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