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浦安ってこんな街!

【浦安のウリは元町にあり!】『土地に根差した歴史は宝!!』

 「浦安ってどんな街?」最近、職場で良く聞かれるのです。新年のテレビ番組で浦安が取り上げられた影響のようです。市民からすると「結構、知っていた!」とも思えるのですが、市外の方にとっては発見の多い放送だったようです。

 「焼蛤、旨そう!」そういう同僚に、何となく嬉しくなって、早速、老舗2店舗の「焼アサリ」と「焼蛤」を土産にし、食べ比べてもらいました。

 番組にも出てきた魚市場にもある「さつまや」。本店は中央公民館から境川方面に歩いたところにあります。そして浦安駅前のスクランブル交差点を清瀧神社方面に歩くと右手にある「越後屋焼蛤店」。両店共に老舗の焼蛤屋さんです。タレの塩味加減に多少の違いがありますが、それぞれに旨い「浦安の味」です。串を頬張ると、在りし日の『漁師町』浦安が浮かんできそうです。
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 この味を楽しみながら、堀江、猫実界隈を少し歩いてみてください。何気なく通り過ぎれば気付かないのですが、ゆっくりと散策してみると至る所に昔の浦安の風情を感じることができます。道幅の狭い路地は特にお勧めです。懐かしさいっぱいですよ!

 清瀧神社の鳥居から道を挟んだ細い通りは、かつて浦安のメインストリートだった「一番通り」。「浦安銀座」なんて呼ばれ方をした時代もありました。現在は「フラワー通り」と名を変え旧宇田川住宅や一本裏手に旧大塚住宅など保存された建物や末広湯(銭湯)が往時を偲ばせます。かつては漁師の町らしく海で冷え切った身体を温めてくれる銭湯が、この通りだけで3、4軒あったと言います。また今では想像することもできませんが、この細い通りの両側にひしめき合うように映画館や演芸場、飲食店が軒を連ねていたそうです。通りから少し脇にそれれば、ふとした発見がありますよ。

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旧宇田川住宅から清瀧神社

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末広湯

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 旧大塚住宅脇から市役所の水門の辺りまでが、もともとの境川です。
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 その先には、かつて山本周五郎が「青べか物語」で「沖の百万坪」と呼んだ遠浅の海が広がり豊富な魚介類が採れました。この名残が浦安名物の「焼蛤」です。当時、貝は「剥き子」の手で殻と身に別けられて殻は路地に撒かれて利用されました。旧大塚住宅の庭先では、今も見ることができます。

 更に時代をさかのぼって江戸時代の安政年間。当時の元町界隈を浮世絵師・歌川広重の「名所江戸百景」に「堀江ねこざね」として見ることができます。
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 東京メトロ東西線に乗れば10数分ほどで都心に出られる利便性もあり、元町の街は様変わりしましたが、今も歴史と文化を垣間見られるポイントが残っています。浦安発祥の地であり、街の宝なのです。

 そして市民にもあまり知られていませんが、現在の浦安3エリア(元町・中町・新町)の中で元町は最多の人口なのです(1月末現在で元町69,751人、中町56,813人、新町40,011人)。今でも浦安市民の42%が元町に住んでいます。更に昨年1年間で浦安の人口は2,400人ほど増えましたが、そのうち1600人弱の増加は元町が担っています。

 元町は歴史と伝統を持つ浦安の魅力も持つ街です。是非、自転車やおさんぽバスなどで散策や食べ歩きをしてみてはいかがですか? 古い中に新しい発見がありますよ!
 

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