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浦安ってこんな街!

【最終回】しおかぜ緑道 その5

今回はいよいよ最終回です。早速ですが、上記の画像をご覧ください。黒々とした漆塗りの箱に、絞められた紐。開ければたちまち老化してしまう“アレ”です…。


引いた画像がこちら。「あけてびっくり、たまてばこ」と岩に刻まれています。ゴール直前なら、もっとこう…ご褒美的な宝箱を期待したいのですが…。 浦安と浦島太郎の昔話に一体何の関係があるのでしょうか…共通点である「浦」を掛けたとか…?なんにせよここで老化するのはごめんですよ!(笑)

■ついにゴール!


最終地点に待ち構えていたのは門番のようにどっしりと置かれた大きなオブジェ 。 山の形をしており、調べた所これは「富士山」を表現した作品のようです。アリ塚か何かと思いましたが、言われてみると 頂点の作りが特徴的で水面に山肌が映り込む様も神秘的です。浦安の高い建物からは天気の良い日なんかに富士山が見えると思いますが、恐らく角度的にも計算されたオブジェのようです。浦安という概念を超えた日本のルーツを感じさせるゴールです。

長い道のりでしたが、通り過ぎる水路や自然、見るものを楽しませてくれるオブジェなど、全く飽きることなく「しおかぜ緑道」を散策することが出来ました。

■少し深掘りしてみる

浦安市の公式ホームページを参照した所、なんと境川から旧江戸川べりを 繋ぐしおかぜ緑道は約1.8 キロメートルにも及ぶとの事。道理で長いわけですね。参考:http://www.city.urayasu.lg.jp/shisetsu/kouen/1005627.html

そもそも緑道って何?と疑問に感じたのでこちらも調べてみることに。 都市公園の一種で都市生活の安全性と快適性を確保すると同時に、災害時の避難路にもなるそうです。参考:https://dictionary.goo.ne.jp/leaf/rlest/%E7%B7%91%E9%81%93/m0u/

■スタート地点には…



境川近くにあるこの三角形の石碑。「しおかぜ緑道 昭和60年3月竣工 浦安市長 熊川 好生」 と刻まれています。昭和60年の浦安市というと、非核平和都市宣言や浦安橋が修繕され全面開通した年です。 昭和 60年とは1985年ですので、今から約 35年前の話になります。 自身がまだこの地に降り立っていない間に、別の物語が動いていたという事実は大変考え深いものがありますね。

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