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浦安ってこんな街!

1970年代の浦安・埋め立て地を撮影した写真展が、郷土博物館で開催中! どの写真がどこだか、わかるかな…?【12/8まで】

浦安を語る上で外せない『埋め立て地』を扱った写真展が、いま郷土博物館にて開催されています。浦安生まれの写真家・大塚勉先生が、20代のころに撮影した1970年代の写真~直近のものまで、181点が展示されたこちらの写真展。今回、大塚先生ご本人にお話を伺うことができました!

「埋め立て地」は、“身近”で“新しく”、“知覚が下り立つ場”だった


1951年、漁師の息子として浦安に生まれた大塚先生。「子どものころは、フラワー通りの入り口あたりに住んでいました。当時はフラワー通りには映画館が2軒あってね、父に連れられてよく映画館へ行きました」。中学生の夏休みにフラワー通りの映画館でアルバイトをすることになり、映写室からいろんな映画を観ていたと言います。「思えばここが映画に興味を持ったキッカケだったんでしょうね。高校生になってからは、京橋や草月会館などへ出向いて、古いものから新しいものまで映画ばかり観ていました。普通に就職するのもなぁ…と思っていたので、写真大学へ入って映画研究部に所属し、在学中の2年間は映画ばっかり撮っていたんです。ただ、映画というのは共同作業だから、疲れちゃってね…その点、写真は一人で撮れますから。こっちのほうが性に合ってるなと、カメラの道に進むことにしたんです」。写真大学を卒業した二十歳のころ、カメラを抱えて向かった先が、当時の大塚先生にとって“身近”で“新しい場所”である『浦安の埋め立て地』だったのだそうです。

60 ~70年代当時、名だたる写真家やアマチュアカメラマンがこぞって撮影をしに来ていたという浦安。「東京からほど近いのに、昔ながらの漁師町の風情が残っていた浦安は、格好の被写体だったのだと思います。私も神社で友達みんなと写真撮られましたよ」と大塚先生。「埋め立て地を撮影したのは、みんなと同じものは撮りたくないという気持ちもあったのでしょう。当時のフィルムを現像していると、出てくるのは埋め立て地か、自宅の自分の部屋で撮影したポートレートでしたね」。


この展示のタイトルである『SITE 埋立地 1971-2019 生成する場』というのは、「これから街が生まれる場」という意味の他、「知覚が下り立つ場」としての意味も込めてあると言います。「私にとって、埋め立て地は『知覚が下り立つ場』。ここにいると感じるものがある閃きが生まれる場なんです。だから、Landscape ではなく『』という意味のある Site を使いました 」。

どこの50年前の写真なのか、想像を巡らせてみて!


埋め立て地の写真は、空と大地がメイン。50年前の写真なので、撮影された大塚先生ご本人も、どこの風景なのかわからないものも多いのだそう。場所を特定するための手がかりとなるランドマークは、「今川橋」、富岡にある「NTT東日本ビル」、弁天にあったという「焼却場」、富岡にある中央公園の「浦安富士」、70年代後半になると葛西の「なぎさニュータウン」や富岡の「サンコーポ浦安」、「今川団地」などのマンションも目印として登場します。

展示場の入り口には埋め立て当時の地図が置いてあるので、地図と照らし合わせながら、写真の場所はどこなのかをぜひ探してみてください! 

ランドマークはなくても、見ていると「あれ? ここってもしかするとあそこかな…?」と思うものもあります。たとえばこの写真…

大三角線の見明川にかかる堀江橋のところですよね!


こちらは今川橋、おそらく現在の入船側からの眺めではないでしょうか。京葉線が出来てほとんど橋の姿は見えませんが…。


向こうに霞んで見えるのはおそらくなぎさニュータウン。ということは、富士見・東野の見明川沿いのここかな…?

でも、よく見るとマンションの角度が違う気がするし、歩道もこんなに奥まで続いていないので、別の場所かもしれません。(同じ見明川沿いの舞浜側ではないか、とのご意見をいただきました! 2019/11/22追記)


埋め立て地の写真に交じって、元町の写真もあります。ここは浦安橋。


堀江ドッグの脇にある「なかよし公園」も。当時は元町の土地改良工事も同時並行で行われていたそうです。

木が生い茂っていて同じ角度で写真は撮れなかったのですが、奥のスロープになっているところが同じです!

今川に、蒸気機関車が置いてあったんですって! オリエンタルランド社が建設予定のレジャー施設にて使われる予定だったのだそう(実際は使われなかったそうです)。

当時小学校に上がる前だったというお客様が「本当にあったんですね。記憶にはあったのですが、夢かと思っていました」と話されたそうですが、荒涼とした大地にぽつんと佇む蒸気機関車、本当に夢みたいな光景です。

1971年から始まった埋め立て地の撮影は、1984年ごろまで続きます。埋め立てによって街が変わっていくことに、どんな思いでしたか?と尋ねると、「そうですね、あまり郷愁はなかったかな。変化していくことへの面白さのほうが大きかったですね」と大塚先生。1984年以降はフリーカメラマンとして多忙となり、ご自身の作品づくりに没頭される日々を送っていたそうです。2011年の東日本大震災を機に、「もう一度風景を撮ろう」と、福島をはじめ再び風景を撮り始めた大塚先生。2016年から撮影した浦安の風景も、今回の展示にも組み込まれています。

こうして見ると、50年経った風景なのにあまり変わっていないような気もします。「私にとって、埋め立て地=空のイメージが強いのは、街が出来る前も後も変わらない。風景写真って撮る人が同じなら撮り方は同じだから、印象が変わらないのかもしれませんね」。


展示の最後には、大塚先生が8ミリカメラで撮った埋め立て地の映像が流れています(約13分)。大学時代にたくさんの映画を撮っていたという大塚先生の、最後の映像作品です。

ちなみに12/1(日)午後1時半~、大塚先生の講演会が開催されます! 1969年から1972年に制作された、映像作品の上映もあるそうです。まだ少しだけ空きがあるとのこと、ご興味のある方は、博物館にお電話(047-305-4300)もしくは現地で直接お申し込みください。詳細はこちら。

展示は12月8日まで。浦安の皆さん、ぜひご覧ください!

「70年代、浦安元町の街中の写真は多く残っているけれど、埋め立て地を写した写真はほとんどないんです」と、郷土博物館学芸員の林さん。「博物館の資料としても、とても貴重な写真展。写真をきっかけに思い出したことやエピソードがあったら、ぜひ教えてほしいです」。展示の最後にアンケートが置いてありますので、些細なことでも思い出すこと・知っていることがあったら、ぜひご記入ください…!

私が浦安に勤め始めたのは、今から12年前。まだ新町エリアには空き地が多く、柵で囲われた雑草の生い茂る土地を見て「これからここに何が出来るんだろう」と茫漠とした気持ちを抱いたことを思い出します。時は流れ、そこにはマンションや家が建ち並び、学校や商業施設やホテルやグラウンドが誕生し、当時の空き地は華やかな生活の場になりました。

埋め立て地が市の面積の4分の3を占めるという浦安市。空き地だった場所が住宅地や商業地として変貌を遂げていく様に対する思いは、在住・在勤年数の長短に関わらず、少なからず誰もが持っているのではないでしょうか。


浦安のルーツを「埋め立て地」から見る写真展。当時の浦安を知る方だけでなく、現在浦安に住んでいる方や子どもたちにも見てほしい写真展です。展示は12月8日まで郷土博物館2階の企画展示室にて開催しています。もちろん入場は無料! 浦安の皆さん、ぜひ足を運んでみてください…!


浦安市郷土博物館…浦安市猫実1-2-7 047-305-4300 http://www.city.urayasu.lg.jp/kanko/kyodo/
開館時間:9時半~17時 
休館日:月曜(月曜日が祝日の場合はその翌日)、館内整理日、祝日の翌日、年末年始

大塚勉写真展…博物館2階企画展示室にて、~12/8まで開催
http://www.city.urayasu.lg.jp/events/shogai/kyodo/1027470.html
※展示写真を収めた写真集も販売されています!

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