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【ブリオベッカ浦安】都並敏史新監督が市長を表敬訪問。地元に愛されるチームづくりを目指す

Jリーグ昇格を目指す浦安のサッカーチーム、ブリオベッカ浦安の新監督に先日就任した都並敏史監督が11月20日、浦安市役所を訪れ、内田悦嗣市長にJFL再昇格への意気込みと地域に愛されるチームづくりを誓いました。

都並監督は「チームが強くなるというのはもちろん、支えていただいている地域の方々に愛されるようなチームになり、地域と共に成長していきたい。またユース等の育成組織としても、子どもたちの夢を壊さないような楽しいサッカーを目指します」と語り、市長は「都並さんという実績ある素敵な方が監督となって注目度も上がると思う。浦安の子どもたちがぜひ入りたい!と憧れるようなチームにしてください」と激励しました。

会談は、市長から「できれば毎試合 13対0 くらいで勝って欲しい」と冗談も出るなど終始和やかな雰囲気のまま終了。このあと、監督就任会見が開かれました。

都並さんといえば、元サッカー日本代表の左サイドバックとして活躍された名プレイヤーで、選手時代に所属していたヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ 1969)ではラモス瑠偉選手や三浦知良選手たちと共にヴェルディ黄金期を築いた立役者の一人でもあります。
また、怪我で出場できませんでしたが、あの『ドーハの悲劇』を経験した一人。もし都並選手が出場できていれば…と当時多くの人が想像せずにはいられなかったほど日本代表にとって代えがたい選手でした。

そんな都並さんですが、実は30年ほど前から浦安とは関わりがあったそうです。

ブリオベッカ浦安の谷口代表によると、「1980年代、浦安には東洋水産が運営していた『マルちゃんサッカースクール』というジュニアサッカースクールがあったのですが、東洋水産の移転に伴ってスクールがなくなってしまい、子どもたちがサッカーをやる場がなくなってしまった。そこでスクール生の保護者が中心となって、1989年にブリオベッカの前身となる『浦安ジュニアサッカークラブ』を立ち上げ、そのクラブのコーチとして都並さんも設立に協力していただいていた」とのこと。また、都並監督の長男もジュニア時代から長らく在籍していました。

その後、都並さんから「浦安のサッカーチームにもっと積極的に関わりたい」という要望があったこともあり、2014年に浦安サッカークラブ(2015年にブリオベッカ浦安に改名)のテクニカルディレクターとして就任、現在に至ります。テクニカルディレクターとは、幼児から社会人まで現在600名近いブリオベッカの選手たちの技術責任者。『都並スペシャル』という独自の指導などもあって中学生部門は千葉県ユースの一部リーグに定着するなど下部組織の鍛え上げも順調で、2016年にはトップチームがJFLに昇格を果たしています。

しかし2017年、チームは年間15位と低迷し、関東一部リーグに降格。2018年の関東一部リーグも健闘及ばず、年間6位でシーズンを終えました。

会見で都並監督は、「30年近く付き合いがあり、最も愛しているクラブ。JFL再昇格を目指しながらも苦しんでいる今、チームを一番理解している自分が監督につくべきではないか。そしてまた監督をやりたい、という気持ちもあった。監督をやるなら今のタイミングでは、と思いオファーを受けさせていただいた」と監督を引き受けた経緯を説明すると、「再昇格も大事だが、支えていただいている地域のみなさんへの感謝の気持ちを表現できるような、ピッチの内外で愛されるようなチームを選手と作り上げていきたい」と、地域との関わりの大切さを強調していました。

自身については「自分は監督としての実績はそれほどない」と振り返りつつ、「もう一度監督をやるときには必ず結果を出せるように勉強し続けてきた。全力で勝負に向かいたい」と意気込んでいました。そして「以前(監督時代)の失敗は、プライドを隠すことができなかったこと。プレイヤーファーストではなかった。戦ってくれる選手がのびのびと全力を出してお客様に感動を与えるチームづくりが大切だと思う」とチームづくりの方針を語りました。

現在のチームに関しては、「初めてJFLに昇格したときには団結力もあったが、少しずつメンバーも変わり団結力に翳りが出ている。」との見方を示し、「攻撃面では選手の自由なイマジネーションを殺してはいけない。守備面ではチームは組織として機能しなくてはいけないが、組織的な守備には、献身的な考え方、味方のために汗をかく、そういったことに労をいとわない姿勢が重要。それができるような精神的・体力的な強さを身につけさせる」と熱く語り、「秋葉選手をはじめ浦安で長く所属している選手が中心になってほしい」と、選手たちの団結にも期待を寄せていました。

来季の目標を問われると、「目標は再昇格。ライバルが強力で非常に難しいリーグだが、一致団結して目標に進みたい。その先にチームが大きくなっていく。大きくなっていくためには地域に愛されなければならない。強くなって大きくなっても敷居が低い、地域の皆さんといい距離感が保てるような関係性を作れれば」と、ここでも地域への愛を滲ませ、「このチームの一番大きな課題は決定力。今季優勝のチームには17得点の選手がいるが、我々のチームはトップで5点。練習の成果も出てきているが、補強も含めてバランスを考えていく」と来季の構想にも言及していました。

 

都並監督がまさかこんなに長く浦安と関係があったとは知りませんでしたが、会見を通して浦安を本当に愛していて、そして人と人との関わりを非常に大事にしている人なんだなあという印象を強く受けました。技術面だけでなく人間性の成長を重視している節がお話の端々からうかがえたのも、ブリオベッカがもともとジュニアクラブが発祥で、長くチームを見て多くの選手を育ててきたことが大きいのかもしれません。

JFL時代はホームスタジアムの基準の問題で浦安市内で試合ができず、そういった面でホームゲームの不利もあったかもしれません。しかし関東一部リーグでは浦安市陸上競技場で試合が開催できるため、浦安市内の方も気軽に観戦に向かえるかと思います。ぜひ来季は市民の応援の力でJFL再昇格の後押しをしたいですね。

来春からシーズンが始まる関東一部リーグ、新体制でのブリオベッカ浦安の活躍に期待です!
がんばれブリオベッカ浦安!そして目指せJリーグ!!


(左から、浦田一哉 後援会長、谷口和司 代表、都並敏史 監督、内田悦嗣 浦安市長、鳥居和男 浦安市サッカー協会会長)

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