オリジナル短編小説第二回は、舞浜のイクスピアリが舞台です。6/1から再開予定のイクスピアリ、思い出しながらぜひご一読ください!
***
ペルシア神話に登場する優しい妖精がこの町を彩っているのだろう。彼らの姿を目撃する事は出来ないが、残された形跡と寄り添いは確かに存在する。例としてこの円形状付近を見て欲しい。手すりに沿って植栽が植えられている中、ふと奇妙なメガホンの様なものが生えている事に気がつくだろう。聞き耳をたてれば、稀に妖精の声が聞こえてきそうだ。
オリジナリティ溢れた街において、最も安らぎを覚えるのはやはりこの回廊だろう。自然味を感じさせる空間を軸として、コスメやビューティが軒を連ねる。天井の端からは暖かな間接照明が周囲を照らし、等間隔に配置された有機的オブジェはその植物的・自由曲線的な風貌からして、アール・ヌーヴォー様式を感じさせる。静寂に満ちた入口から客を招くこの回廊は継続的に柑橘系のアロマが漂い、この場所を思い出す度、記憶としてその香りが再生されることだろう。実際のところ私も、この心地よい香りと共に保存した思い出が沢山ある。私は父親とウォーキングの意味合いも兼ねて、食後などによく徘徊したりする。自然派の名に相応しいビュッフェは毎度、家族の意見が一致しない場合の終着点であったりして、思い入れが他の場所よりも強いのかもしれない。階段を挟んだ向かいにはこじんまりとした雑貨屋が仄暗さの中に確かな灯を備えていて、ここもまた通りかかれば必ず寄る場所である。ミニマムに整えられた店内の中でも、私はインテリアスペースが大好きでBGMに肩を寄せながら、スローペースに鑑賞出来る空間に毎度、羨みを覚える。
エレベーター横の自動ドアを抜けた先には、かつて柔らかな光が水面に揺蕩っていた庭がある。当時、置かれていた緑色のベンチに腰掛けながら、スケッチをした事もあった。物珍しげな通行人の視線を受けながらも、私は黙々と描き続けた。静寂の中に聞こえる風の音、水のせせらぎ、揺れる枝葉。自身の心象でも照らし合わせていたのかもしれない。ガーデン・サイトの名の通り、広々とした庭が体感出来ることにまた微笑ましくもある。シンボル的なツリーと季節毎の撮影スポットが出現したりと、新たなスポットとしての位置付けがなされたようだ。例のビュッフェの窓を挟んだ外は今でも水辺となっていて、窓越しから幸せな結婚式を目にしたことなんかもあった。水辺から煌きながら噴き上がる噴水に、談笑を楽しむウッドデッキ。未来、訪れる人々がこの日常を記憶していくのだろう。
通な常連がいたとして、行き着いた先が夜道に光るネオン街なら、貴方は幸運だ。ここはアメリカン・ドリームな栄光と活気で溢れ、望むものならなんでもある。映画が見たいって?なら、向かいのシネマがうってつけだ。レトロとモダンが一体化した雰囲気は一部のファンをより高揚させる。腹が減れば、バーガーやタコスを味わえる店へ直行してみてはいかがかな。
路地裏を散策する程、好奇心と発見に溢れる体験はない。港町を思わせるデザインは単なるヨーロピアンでない、これまた独自の文化がある。窓は彩りのステンドグラスで飾られ、細い路地を縫う様にして付けられた電球は日が暮れると点灯し、より一層ムーディーになる。こじんまりとした店々がバラエティ豊かに人目を誘い、まるで友人の家にお邪魔するかの様な期待感を持ったりする。CDショップで購入したロックアーティストの曲を今でも飽きずに聴いているが、曲が流れる度に雨の中、この場所を訪れた記憶がメロディーに混じって浮かんでくる。私は雨を愛してやまないが、この意見は酷く少数派だろう。
想定外の風雨に晒される事があれば、壺を探してみるといい。傘があればその日限りで借りる事なんかも出来る(※1)。確かその場所は壁に勲章が記された近くにあった筈だ。それは、この街に尽力した者の名が称えられた知る人ぞ知る場所である。
~完~
※1…傘の貸し出しサービスは、現在は行っていません。