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【続編】浦安の街から世界へ、そして未来の子どもたちへ――!フリースタイルスクーター本瀬湧麻選手の「フィジースケートプロジェクト」

フリースタイルスクーター選手として世界を目指す本瀬選手の、もうひとつの「夢」が始まった!

「フリースタイルスクーター」という競技をご存じでしょうか。

キックボードを使い、ジャンプや回転などのアクロバティックな技を決めるストリートスポーツで、いま世界的に人気が高まっています。

この競技で、全日本選手権3位という実績を持ち、日本代表としてワールドカップにも出場されたのが、新浦安在住・大学3年生の本瀬湧麻選手です。

昨年は日本代表としてワールドカップにも出場。アスリートとしてさらなる高みを目指す一方で、彼にはもうひとつの大きな夢がありました――。

それは、発展途上国の子どもたちに新たな可能性を届ける「Fiji Skate Project(フィジースケートプロジェクト)」。スポーツの普及にとどまらない、人生そのものに光を届ける挑戦が、いま動き出しています。

ひとりの少年の言葉と「遊びの貧困」

プロジェクトの原点は、本瀬選手が高校時代に3年間留学していたフィジー共和国での経験に遡ります。

「道路は舗装されていない場所も多くて、スケートパークなんて国にひとつもない。スクーターどころか、誰も知らない状態でした」と当時を振り返る本瀬選手。14歳での単身留学。思うように練習もできず、孤独な日々のなかで、心が折れかけたこともあったといいます。

それでもある日、「誰もやっていないなら、自分が広めよう」と決意。ひとりで街に出て、スクーターを見せながら声をかけ続ける日々が始まりました。やがて少しずつ、興味を持つ仲間が増えていきます――。

実はその地道な活動の中に、今のプロジェクトを決意させる決定的な出来事がありました。

スクーターに夢中になっていた11歳ぐらいの少年が、「このスクーターというスポーツに出会ったことで、毎日目的ができた。ありがとう」と、本瀬選手に言ってくれたのだそう。この言葉が本瀬選手の胸に深く突き刺さります。

「好きなことって、人の人生を変えられる可能性があるのかもしれない」

そして、同時に見えてきたのが、現地のもうひとつの現実でした。

「フィジーは国技のラグビーがとても盛んな国ですが、逆に言えば学校の部活がラグビーしかないことも多く、興味がない子どもたちは放課後にやることがありません。結果として、家に引きこもってずっとYouTubeを見るしかない日々を送っていたのが現状だったのです」

本瀬選手はこれを、経済的な貧困とは違う「遊びの貧困」だと感じたそう。

「この遊びの貧困を、自分の好きなことで解決してみたい」

少年の笑顔と、子どもたちが抱える見えない課題。その二つが本瀬選手の心の中で重なり合ったとき、今回の大きな挑戦へと繋がる確かな決意が生まれたそうです。

立ちはだかる壁――、そして掴んだチャンス!

夢を形にする道のりは決して簡単ではありません。クラウドファンディングに挑戦するも、目標額には届かず失敗。発信力の弱さを痛感し、大きく落ち込んだといいます。それでも「どうしても諦めることはできない」と前を向き続けました。

転機となったのは、あるプレゼン大会への出場。ひとりで資料を作り、想いをぶつけた結果、見事優勝!活動資金となる100万円を獲得します。さらに自ら動き、8社のスポンサー獲得にも成功。少しずつ、夢が現実へと近づいていき、夢への扉をこじ開けます。

そして2026年3月、本瀬選手は大きなスーツケースに11台のスクーターを詰め込み、ついにフィジーの地へと降り立ちました――。

現地の学校で寄贈と体験授業を行うと、最初は恐る恐る乗っていた中高生の子どもたちの顔が、みるみるうちに輝き始めたそうです。

「最終的にはみんな『スクーターどこにあるの!?』って争奪戦になるくらいで。子どもたちも『これがあるからマジで暇じゃなくなった!有効的に時間を使えているのが楽しい』と言ってくれて、本当に感動しました」と、本瀬選手は嬉しそうに語ってくれました。

浦安から世界へ――2028年スケートパーク建設へ向けて

このプロジェクトは、まだ序章に過ぎません。

本瀬選手の構想は3つのステップで描かれています。
今回の寄贈が第一歩。次は他の国への展開。そして最終目標は、2028年までにフィジーにスケートパークを建設すること。

現在は大学に通いながらIT企業でインターンを行い、さらに母校・日の出中学校では特別講師として登壇。「好きなことを見つける大切さ」を、自身の経験を通して伝えています。

また、日本での活動も着実に変化を生み出します。全日本3位の実績を経て浦安市長を訪問し、市内のスケートパークで禁止されていたスクーター利用の見直しを直談判。その後、掲示板に正式に「フリースタイルスクーター」の表記が追加され、現在は堂々と利用できる環境が整いました。

「中学生の頃は、何の取り柄もなくて、勉強もできなかった。でもスクーターに出会って人生が変わった。だから、好きなことで自分の人生も、人の人生も変えられると伝えたいんです」

浦安の公園で転び続けていたひとりの少年の情熱は、いま海を越え、世界へと広がっています。

この物語の続きを、一緒に――

本瀬選手の挑戦は、まだ始まったばかり。2028年のスケートパーク建設に向けて、現在は応援してくれる仲間や企業を広く募っているそうです。

「ひとりの情熱が、世界の子どもたちの未来を変えていく――」
そんな物語の続きを、私たちも見届けてみませんか。

気になった方は、ぜひ本瀬選手のSNS(Instagram:@yuma_vidsをチェックしてみてくださいね!

浦安から世界へ——。これからも、本瀬選手へのあたたかなエールをよろしくお願いいたします。

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