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浦安ってこんな街!

目が見えなくても、外国でも、強く真っ直ぐ生きていく。『盲人留学生との交流会』を取材してきました

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3月31日(金)、東野の社会福祉センターにて『第20回 盲人留学生との交流会』が開催されました。鍼灸マッサージや情報処理の勉強をするために各国から来日した目の見えない留学生と、浦安在住の視覚・身体に障害のある方、そして市内の高校・大学から募ったボランティアの総勢72名が集ったこちらの交流会。和やかな雰囲気の中で、人間に元来備わっている「生きる力」の強さをじんわりと感じた会でした。

浦安は、視覚障害のある方にとって暮らしやすい街なのか

今回で20回目を数える『盲人留学生との交流会』。

主催は『ジュエリーボックス』という浦安の団体で、メンバーには視覚障害・身体障害を抱える方もいらっしゃいます。「障害を持っていても、外へ出て活動をしたい!」という趣旨で集まった皆さんだから、とっても明るくてパワフルな方々ばかり。障害を持っている人も持っていない人も、それぞれ輝いているという思いを込めて『ジュエリーボックス』と名づけたのだそうです。最初のご挨拶で「帰りに指輪を売られる心配はありませんからね!」と会長の川口さん、場に笑いが起こって空気が解けます。

選出されたばかりの内田市長も、多忙な中駆けつけてくださっていました。これから「一人ひとりが輝く街・浦安」「障害のある人やその家族が安心して暮らせる街」を目指していかれるとのことです。

みんなでお茶で乾杯します!

まずは歓談の時間。お弁当が配られるのですが、この配置…

視覚障害があってもわかりやすいように「12時の位置にお菓子」「3時の位置にお茶」などと決められているんですよ!

そして、目が見えないとは思えないほど皆さん食べるのが上手なんです。

視覚障害のある方にとって、浦安は暮らしやすいですか?と、何名かの方にお伺いしてみました。「数十年前に比べて、だいぶ暮らしやすくなりました」「ハードの整備は進んでいるけど、例えば点字ブロックの上に自転車が停めてあったり、まだ認知されていないことも多いと感じる」「白杖(視覚障害のある方が使っている杖)を持っていると、それだけで皆さん気を使ってくださってありがたいです。でも、杖を持つと雨の日に持ち物が多くて大変。トイレに入って杖を置くところがなかったり…やっぱり煩わしさも感じます」等々…私たちが何気なく暮らしている日常の中にも、ちょっとした不便が潜んでいるんだなと感じます。また、目に見えない「精神障害」については、まだまだ理解が深まっていないという意見も聞かれました。

目が見えないこと・異文化のことを、もっと知ろう

食事が終わると、第二部が始まります。まずは生まれたときから目が見えないという5歳の男の子が、自己紹介をしてくれました。「豆せんべいが好きです。好きな色は、パパの好きな緑です。今頑張っていることは、自転車です。将来は、パパになりたいです!」。…自転車を頑張っているなんて、驚きです(私なんか小学校上がってやっと乗れたのに)! 男の子のお母さんは、生まれて間もなくお子さんの目のことを知り、最先端医療のできる病院に通いましたが、今の医学ではどうにもできないという現実…そこで、視覚障害にこだわりすぎることなく、普通児の中で生きる力を身につけさせることを決意します。1歳から晴眼者(目の見える人)と同じ保育園に通い、先生やお友達が当たり前のようにハグしてくれたり手をつないでくれたりと、毎日楽しく過ごしているのだそう!

この交流会には、まだお子様が0歳だったとき、親子で初めて参加されたそうです。「そのとき、視覚障害があっても、そんな事は全く感じさせないくらい、明るく堂々と格好良く、キラキラ輝いているお兄さん・お姉さんたちを目の当たりにして、本当に感動し、生きる希望を頂いたんです」。お母さんがそう話すとおり、ここから留学生のインタビュー、そして圧巻のライブパフォーマンスが始まります!

ここからはジュエリーボックスの関さんが司会を務め、今日参加している留学生6名の自己紹介&インタビューから。関さんは40代のときに緑内障を患い、今ではシルエットがぼんやり見える程度の視力なのだそう。

「目が見えなくなった原因は?」という質問には、「わからない」という方がほとんど。生まれたときからずっと見えていないという方が多かったです。キルギス出身のシリンさんは、「母が私を妊娠中に、インフルエンザになったからかもしれません」とおっしゃっていました。

「服を選ぶときはどうしていますか?」という質問には、「友人や家族と一緒に選んで買って、手触りでデザインや色を覚えています」という方がほとんど。みなさんオシャレですよね!
 

「日本のお風呂はどうですか?」という質問には、「みんなで同じお湯に浸かるのに最初は驚いたけど、今では大好き!」「あんまり入らない、ほとんどシャワーばっかり」など様々。モンゴル出身のバヤルさんは、「お風呂が大好きなので、1時間くらい入っています」なんて驚きの回答!

ちょっと複雑な質問にも皆さん流暢に答えていて、本当に日本語が上手なんです! 一番短い方だと、国で8ヶ月ほど勉強した後、来日して半年(つまり日本語を勉強しはじめて1年ちょっと!!)というからさらに驚き…。「どうして言葉の通じない日本で勉強しようと思ったのですか?」との質問には、「日本語を覚えるのは大変だけど…あんまり深く考えずに来ました」「家族に心配されたけど、日本で勉強して晴眼者と一緒に働きたい!と思ったから」「国の先生が日本で勉強していたから」。
 
おそらく故郷の期待を背負い、ものすごく努力をされたのだと思うのですが、そんなことはおくびにも出さない留学生の皆さん。和やかでユーモラスな、柔らかい雰囲気の方ばかりです。

続いて、浦安の視覚障害者の会「トパーズクラブ」に所属する中岫さんが、弾き語りを披露してくださいました!

曲目は森山直太郎さんの「さくら」、中島みゆきさんの「糸」など誰もが知っているもの。柔らかく優しい声が、会場いっぱいを満たします。途中で、ミャンマー出身・コーコーさんがギターで参加し、二人のセッションに!
 

モンゴル出身・バヤルさんも音楽が得意ということで、披露してくれました。バヤルさんは太くて力強い歌声…うっとりと聞き惚れてしまいます。
 

なんと、バヤルさんは今日が誕生日!ということで、中岫さんが伴奏を弾いてくださり、会場のみんなでハッピーバースデーを歌いました。まさに『音楽に国境はない』、このときの会場の一体感、とっても心地良かったです。

最後は葛西臨海公園へ、みんなで海を感じに行きました

このあと、希望者はバスで葛西臨海公園へ。モンゴル出身の留学生は海を見たことがないので、とっても楽しみにされていたそうです。あいにくの天気でしたが、いざ海岸へ! 目の見えない留学生には、ボランティアの学生さんがついて案内します。
 
「潮のにおいがする!」「海をバックに写真を撮りたい!」と留学生の皆さん。冷たい雨が降り、体感もかなり寒かったのですが、しばしテントの下ではしゃぎました。

この盲人留学生交流会では、毎回会の終わりに散策をするそうなのですが、海沿いの散策と並んで人気なのが100円ショップなのだそうです。その理由は、動物や家具のミニチュア。「象」「キリン」「机」「椅子」など、触って全体の形を捉えたことのない・捉えられないものがミニチュアになっていると「机ってこうなっているんだ!」「象ってこういう形をしてるんだ!」という感動になるのだそう。こうしたミニチュアが100円で手に入るというのも、日本ならではなのだとか…これも全然気づかない視点です。

今、目が見えている私たちにとって、「目が見えない」ことを想像するのはとても難しい。「目が見えない」ことは「特別」で、「かわいそう」なことだと思ってしまう向きもあるかもしれません。もちろん、視覚障害を持っていると晴眼者には分からない不便や苦労がたくさんあるでしょう。でも今回の取材を通じて、視覚障害があってもごはんを食べ、笑い、話し、歌い、ふざけ合う…誤解を恐れずに言えば、みんな普通の人たちなのだなと感じました。

「一人ひとりが輝ける街」「障害のある人やその家族が、安心して暮らせる街」。その実現には、ハードの整備や行政による金銭的な援助だけではなく、市民一人ひとりが人間の多様性に目を向け、「自分とは体も心も考え方も違う人がたくさんいる」ということを生活の一部として受け入れていくことが、欠かせないのではないでしょうか。

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